| 2025.6.30 |
仕事がいっぱいということは
忙しく大変なことのようにも思えるが
うれしいことであり やりがいにもなる
人間 余分な暇がないことは
魔が入らなく よいことである
仕事が自分の体験になり
その体験により智恵を身に入れることになる
生きているとは 一時も無駄にはできない
遊びも 仕事も すべて自分の身に入ってくるもの。
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| 2025.6.16 |
人間を楽しむとは
優雅に 大らかに おだやかに
物事を見つめ
常に 笑顔ある生き方が最善
物・金は その後のとらえ方
物・金から始まる生き方は まだまだである
人間として生きるとは
自然を受け入れる心である。
自生会の学びは
平凡な生き方 平温(平穏)な捉え方になるための学び
つねに真を知り 学び
自他共に 不幸をつくらぬよう
温情(いたわり)恩情(感謝)愛情(祈る)の心で
日々 時を迎え活かしてゆく
感謝と前向きな自分になることです。
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| 2025.6.6 |
不幸は 人ではなく自分のとらえ方の中にある
今を素直に見れない自分の邪気 悪気のあらわれ
邪気とは 思い込み 自信過剰 願いすぎ
悪気とは 人を陥れても自分を守ること
そのことを認め 自分を見直し
自分に 懺悔と反省と誓いをすべし。
この世に生きる短い時間の中で
日々を大切に工夫工面し 時を活かしてゆく
日と共に生き 日と共に休み
その繰り返しの中で 自分を知り 心を養う
自己中心にならず
たましいの浄化と向上のために生まれた因を忘れず
常に 天 即ち真に心をよせてゆく
その人たちを人間という
あなたは人間として生きていますか?
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| 2025.5.30 |
心身一体ならば
なにも形にこだわらなくてもよい
今来ることを 心身共にやってゆけばいいだけ
それが 天地の神と同根の心
時を受け流すということ。
予定を立てて動く
それが一番能率的で無駄しない生き方
時を活かそうと思うと
自然に智恵がわいてくるもの
余分なことは後回し 今必要なことをやってゆけば
人にも 自分にも迷惑をかけないでゆける。
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| 2025.5.19 |
これからの私は
この物質界を 明るく楽しく活かし切って
天借 地借せず 礼と敬と義で
自分として 日々を大切に生きてゆこうと思う
無理せず 無駄せず 精一杯の心で
決して悔いることをせず
今日一日無事に過ごせたと 自分自身に感謝してゆこう
それが 人間 即ち「自知・即今・和」の人ということだろう
「和は 時を活かすところに生まれ
和あるところ 流れつくる」でゆくしかない
やるしかない やるしかない
どうせこの世はやるしかないのだから。
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| 2025.5.9 |
物事を気(感情 好き嫌い)で見るでなく
心(すじ)で見よ
すれば 自然にやることがわかるようになる
損得でなく
良い悪いの判断で ゆっくり見よ。
人が人間として生きてゆくうえで
悪いことをしなければそれでいい
その為に 良い 悪いの区別を学ぶこと
そして 自分のために生きてゆく勇気を持ち
努力することである
それからが 本当の生き方が始まる
損得で考えているうちは 生きているとは言えない
むしろ 余分な難を自分自身に植えつけてゆく
所詮この世は 因果応報の世界と知るべし
良いことをやればよいように
悪いことをやれば悪いように
いずれまわってくる。
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| 2025.5.1 |
自分がその気にならないかぎり
いくらよい言葉 よい教えも 馬の耳に念仏である
けれど一度聞いてあれば あとは本人のまじめさにより
自身をかえりみて 教えを身につけることが出来る
だから 今必要ないと思っても
良いことは身に入れてゆくとよい
初めは 知った 見たでよい
そして経験を通じて 一つひとつ自分の心に入れてゆけばよい
感情が 現実を通して感動し
感性として育っていけばいいのだから。
怖いものは さっさと退治せよ
怖いものがよらないようにすればいい
病気が怖ければ 病気の因をよせないこと
貧乏が怖ければ サッサと働けばよい
気を抜かず 疲れたら休み
悩んでいたら 心を律して 正しいことをやればいい
ただそれだけのことである。
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| 2025.4.23 |
人間として生きるということは
人との交わり 物事を通じて 自分の役を全うしながら
自分を見つめ 自分を育ててゆくこと
それがこの世に生まれた自分への誠意である
誠とは 邪なき気(心)をいい
人ではなく 自らを浄め清めて
正しき見方 正しきとらえ方 正しき行いを
自身の身につけてゆくことをいう。
生きるとは
正しきことをどんどんやってゆけばいいだけのこと
その為に 失敗もあり 苦労もある
それはけっして損ではなく
むしろ自分を大きく成長させるきっかけでもある
病により 自分を見つめる尊い時間を与えられ
難により 自分のいたらない見方 捉え方を見直す
どちらにしても 素直に受けなければ 自ら難を呼ぶ
神仏は 祈ってくれているのに…。
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| 2025.4.11 |
「礼と敬」は人間になるための資格である
お釈迦さまが 縁なきものは救い難し と嘆かれたように
天の愛の真に 気がつかなければ
いつまでたっても 繰り返し 泥沼の中に生まれ
すじなく生きた自分を整理しにこの世に来るであろう
白神様の説かれる「自知・即今」を実践するには
お釈迦様の言われる「八正道」がわかりやすく
それから 六根清浄
それから「和」の心を学ぶこと
「和」とは お互いさまと言える
自己・自我のない 心からの行いである。
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| 2025.4.4 |
人は 自分の中によろこびをもって
余分なことを考えず 自分の役をやってゆけば
めったに 心に不安 怯えを入れることがない
それには 今生きている自分の気を安定させ
今という時をいかに能率よく活かしてゆくか? という
好奇心と向上心を身に入れてゆくこと
すれば 悩むことも迷うこともなく 今のことに没頭し
それが出来た時には
満足感と共によろこびの心が生まれる
ともあれ 今は 自分の中の気になることを
たのしみながら よろこびながら整理して
身軽に 気楽にしてあげること。
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