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今週の教えのことば 「心をあなたに…神仏からの祈りのメッセージ」

2022.10.3

つねに自分の心に希望をもたせてあげること
すれば 心落ちつき 安心して
今 やれることをやれる
人間とは そういうものだとつくづく思う。

人は 心の中によろこびをもってゆかないと
不安になり おびえを感じる
弱いものほど 余計 今 動くことだ
そして 一つひとつ自信をもたせてあげ
おびえ 不安から離してあげることだ
それが自分への親切というもの。

2022.9.26

自分に発破をかけ励ますということは
自分を案じ大切にしているあかし
ただし 目先の慾にでなく
永遠の因のたましいの為に考えよ。

この世はうれしいことにあふれている
正しき心と温かい心でゆけば
神さまがいいようにしてくれる
それがうれしい またたのしい
まず 自分の気をうれしく たのしくさせてあげること。

2022.9.14

私(感情)は つねに私(たましい)でゆきたい
たましいの私は
良いことも悪いこともわきまえているから
人は なぜ迷ったり悩んだりするのか
悩む前に 迷う前に
今どうすればいいだろう という
自分へのやさしい言葉はないだろうか?
サッサと動けば 幸せが来る。

2022.9.2

人間は
自分の生まれた意味に素直になり責任をもってゆけば
人や物・金にまどわされず
常に正しき判断に心よせてゆくだろう
それには まず自分に対しての誠意を持ってあげる義が必要
物・金の価値は価値として認めるが
それも 所詮生きている限りのものである
あまり先案じせず 正々堂々と生き
神仏の心に身をよせ 心よせて おびえを捨てさり
神と縁ある人間を 自分の中につくることである
神の心にそってゆくものは 決して不行にはならず
おだやかに この世のよさを身巾の中で活かしてゆくだろう。

2022.8.26

この世は 舞台と一緒
脚本 監督 舞台づくり 俳優
すべて 皆の得手で成り立っている
社会の仕組みの縮図のように。

人は あたり前の常識を学び 身に入れてゆく
その常識を知ったならば
あとは それぞれの気質 特徴でつやを出してゆく
それがその人なりの香りといえる
いずれにしても たましいを汚れから守ってあげようという
やさしさ 温かさがないと 感じ 出来ないもの。

2022.8.18

人のせいにするのは
人をあてにしている甘えの気である
人は 意味あってこの世に生まれ この世を生きていく
本来 人のせいに出来るものはなにもない
人は 自分の汚れ・悪を整理し
前世の借りを返すためにこの世に来ているのだから…
肉体をもつことにより感情がうまれ損得の計算が始まる
そこでその人の品性と肉体との対決により
今その人の品格またその人の努力のあかしが見られる
自分のたましいを大切にし 感情に振りまわされないこと
そのために 自分を知り 自分を律してゆくといいと思う。

2022.8.5

私の中に 私の知らない私(良心)がいる
私の知らない私なのに 私のことをよく知っている私
私の中の私(良心)が
「今どうしたらいいか あなたが一番知っているはず
自分の心に素直になれば 余分なことを考えず
やるべきことに意識がいけば 必ず道が見つかりますから
その道を信じ あわてず一つひとつ心に入れて歩めば
あなたは 心落ちついてゆけるから」と
私の中の私が励ましてくれている
私の中に もう一人の私(良心)がいた
良心は 常に 冷静に 私を見つめている。

2022.7.26

義(やるべきこと)をやって
己を整理し
敬を行って
自らに安心を与え
礼をして
自分自身を尊ぶ。

2022.7.21

人は 感情(気)があるから
ねたみ 嫉妬 やきもちはあたり前
その感情が 自分への挑戦にもなるし 負担にもなる
すべては 神から与えられた問題集である
その問題に挑戦し 人に対してうらまず ねたまず
己の悪さ いたらなさを知り 努力し 心を知る
その精進する姿が 今世この世に生まれた意味といえる
人は 一人では生きられないと知り 自己・自我に打ち克ち
礼と敬により因縁を浄化してゆく
それが 自尊 自立ということ
生きるとは
感情を感性にしてゆく
ただそれだけのことである。

2022.7.11

きれいな心で 良い 悪いをしっかり自覚し
失敗を恐れず 今を大切に生き
本物を自らの感覚で知ってゆく
それを精進 また美しい(調和)あり方という
日々を 几帳面に整理整頓して
清らかで楽しい生活を心がけてゆく限り
人は 現実と向き合ってゆく真剣さがそこにある
そして六根清浄 六根清浄と
自らの気を整え お詫びしてゆくだろう
四つの言葉で。
(ごめんなさい ありがとう すみません お願いします)

2022.6.27

人は いずれあの世に帰り
この世での自分の生き方に合ったところに送られ
この世に生きていた時につくった汚れの浄化の道をゆく
それを因果応報というでしょう
自己 自我の欠点にのまれないように
しっかりした温かさ やさしさの心を知り
「浄化は 自分を尊ぶところから始まる」
そのことに早く気がつくことを祈ります
もとの自分自身になってゆけるように。

2022.6.17

私の心は
皆さんを 心丈夫にしてゆく祈り
心丈夫とは
物金にのまれず
今生きている自分の足元をしっかり整えてゆく
自立(自律)した姿
天に向かい 自然の理に合わせてゆける精神力をもち
今生きていることに感謝して 今を整えてゆく
その優雅な おだやかな心情で
人に迷惑をかけず 日々を楽しく
工夫工面のよろこびでいきたいと思う。

2022.6.9

人は 与えられた時の中を
ただ精一杯うけ 自分の役を全うし
工夫工面で無事時を活かしてゆけばいい
自然の営みは 人の気とは関係なく流れてゆく
それをありのままに受けてゆく人を人間という
人間は 常に時に挑戦し
自然の恵みを上手に活かしてゆく知恵のある人
それを賢者という。

生きるとは まず気を楽にしてあげ
それから 気を楽しく
心の方へ引っ張ってあげるとよい
すれば何も心配はいらない
気と心が一体ならば
何も気に病むことはない。

2022.5.31

身 治めれば 気も安定する
身 治めるには
現実に忠実になろうとする素直さと素朴さが必要
春夏秋冬の季節があるように
人生は いつも平穏な時だけではなく
あらゆる問題も自分の気を浄めるチャンスと感謝するしかない
本当にこの世はよいところ
人の気にのまれない限りは 物事の強弱はよい時もあるが
自分という器以上に無理させてしまう
そこのところを見つけてゆく
それがこの世の生きがいとよろこびといえる
人は すべてこの身で 要領と加減を知り 真実に近づいてゆく。

2022.5.16

人は 死ぬまで自分を見つめてゆく
それが自分への礼と敬
また肉体を与えてくれた父母への礼である
すなわち 即今 即今と 今を大切に
迷い 悩みの気を やすらぎの安定した心に導くこと
その為に 今を活かし 今に生きる自分になること
現実は 真実を知る問題集と思えばよい。

2022.5.6

生きるとは
すべて己の蒔いた種を刈り取ってゆくだけのこと
人はそれなりに苦しんで生きてゆくもの
それなりの中に 自分の良さ悪さがあり
それを一つひとつ見直し きれいにしてゆく任務がある
本来 人は 和を求め生まれ変わってゆくもの
罪をつくらなければ 余分な苦労はなく
泉のごとく 絶えることないよろこびを身で感じてゆける
季節を知り味わい 人を知り味わい 自分を知る
人間として 人間を生きるとは
すべてを 気ではなく 心で生きるということ。

2022.4.25

人の邪を直すことは出来ない
人の邪は 本人がその気にならないと消えないから
私は ただひたすら正しき生き方をやってゆくしかない
それが祈りと思う
人は みなそれぞれ違うもの
その違う一人一人が自らの花を咲かせるには
自然 即ち真に合わせてゆく勇気と
それが自分の任務であり責任という自覚が必要
自分のことは 各自がしっかりしてゆくしかない
人生は決して人のせいに出来ない。

2022.4.12

努力とは 真実に近づく心
気(欠)ある人が 物事を通じて
体で 自分を成長させてゆく言葉
努力は 精一杯ではなく
やろうとする覚悟 決心の段階。

今日一日 今日一日を
よく味わっていって下さい
今日一日 今日一日
体を通して
和を味わうよろこびを感じて下さい。

2022.4.1

人は 教えを学び 素直になり 自分の悪さ 欠点を知る
その悲しみにより
その人は 愛を知り 温かさ 恩を知ってゆくだろう
悲しみは 辛さと違い 愛であり 真への懺悔であり
自分を知り 前へ進むきっかけになる
それを 慈悲 慈愛という
悲しみは まごころから生まれるもの。

2022.3.25

肉体をもっているかぎり
自分の気(感情)から離れて生きていけない
その気を心に消化していくことを合理という
白神様の説かれる「自知・即今・和」の教えは
少しでも本来の人間性に目覚め 平穏で公平 平等の世をつくり
人間同志の扶けあいによって より良い人間生活を営む
そのための祈りの言葉といえる
末法の世に 神から問題集をいただき 各個人がしっかり学ぶ
これが真実との出会いというべきだろう
苦を愛に 愛により互尊の世界が得られる。

2022.3.18

今に生きる その自覚と責任が自立である
現実の中で自分の気(感情)にのまれず
正しき見方 正しき行いで
自分を敬い 自分を大切に 生きてゆくこと
神仏の教えはその為の自分の足元を照らしてくれる光である
生きるとは 自分への礼であり敬であり義である
それが人間としてのけじめであり道理というもの
気(感情)は 時として気が重く面倒くさいもの
気ではなく情(こころ)を心にしてゆく
生きるとはその為の修業場といえる。

2022.3.10

今を素直に見て 捉えて 動いてゆくだけでよい
その中にいろいろな「辛・苦・愛・楽」が見られる
すべては自分の気の捉え方であるが
心を通してみれば本当はなにもない
自分の気がただ変化しているだけ
そこに気がついた時
人は 心に安心をつくってゆける
己我無は修業 拝むは精進。

2022.3.4

心を大切に生きている人には 本来苦はない
だから心温かい人は 物事を苦と受け取らず
すべてがあたりまえと見られる
無は有に 有は無に通じるように
互いに精進し 精神を高めてゆく生き方で
この世を流れてゆこう
もともと苦はなく 苦と思える情を素直に認めること
それが「自知・即今・和」の教えの始まりといえる
日々 苦を楽にして よろこびにかえて生きればよい。

2022.2.25

人生には 晴れの日もあるが曇りや雨の日もある
人はその中で多くのことに出会い
喜怒哀楽の中で一つひとつ自分も育てられているのだ
ただし 気まかせに生きている人は
いつまでたっても自分と向き合うことはないだろう
この世に生まれた意味を自ら問いながら
自分(前世の人の心を)を大切に守ってあげるところに
自分としての生き方が身についてゆく。

2022.2.18

気を入れすぎず
気を抜きすぎず
時にそって 自分の役に徹し
身をもって道理を実行する
それが人として正常な姿。

この世は
すべて前向きに捉えていった方が 気が楽
どちらにしても
物事は 良いか悪いか 正しいか正しくないかの
根本から始まるだけだから。

2022.2.4

現実を正しく見る
そのことを学びに 人は生まれ 生きていく
生きるとは 現実にそって自分を知り活かすこと
ただそれだけ
良くも悪くも
すべては自分の向上のためにあるのだから。

菩薩達は 特別なことを学んでいるのではない
自らの欠点を身で知り 感情(気)を感性(心)にかえ
心から納得して物事にあたった方々であり
常に真実を求め 人と会い 物金と接した人達
日常の中で 真理に接し 心を学び行っている
ごくあたり前の人間の姿なのである。

2022.1.28

良いこと 正しいことをとまどうことなくやってゆこう
日々のあたり前の行として
良いことは 身も気もすっきりさせてくれる
正しいことをやってゆく中から
すっきりした自分が生まれてくる。

2022.1.21

ゆるゆると楽しんでゆきたい
そして常に感謝とよろこびの人でありたい。

笑顔のきれいな人 幸せの人
それも真からの笑顔の人は……。

本当のしあわせを感じ知るには
自分の中を見てあげることです
自分の迷い 悩みを 自分に聞いてあげるのです
それにより自分の本心と原因がわかってきたなら
神の真に照らし合わせ
正しい見方 正しい捉え方を学び
今の自分の中の思いと見比べるとよいでしょう
ただし「神との縁は素直から始まる」を心して。

2022.1.14

時は流れる 永遠の道程の中を
人は その時の中であてどなき旅をして
転生輪廻の中で生き続けてゆく
川の流れの中の木の葉のように
だからこそ
自分に「精進 精進」とよき声をかけてゆけ
これが幸せということか
これがごくらくということか
それが自分への勇気と感謝であろう。

2022.1.7

心やすまる時がどのくらいあるかで
その人の生き方が変わってゆく
心やすまるとは 物 金 名誉にとらわれず
今 自分が生きていることを実感し
心が青空のように澄み渡っている爽快な気分をいう
すべてが許されている心境 即ち無心ということ
無心とは 力むことなく 心身を時にゆだねてゆく感覚
今という時に心よせ 礼してゆくすがた
人間として自分なりに精一杯やり
あとは天にまかせればよい。

2021.12.28

この世は 生きている
この世は 動いている
この世は やるだけのことはあるところ
だから どんどん体で動き 感じ 学ばないともったいない
この世は なにひとつ無駄がなく
人・物・金を通じて感情を豊かにしてゆける
感性とは そうゆう心
あの世は ただただ自分を見つめ 見直すところ
自我 自己にこだわった人には苦しく
良き生き方をした人には 極楽なところ
たましいに死はなく 永遠の道を歩んでいる
だから なにも怖がらず
常に平穏に自分の道を歩んでゆけばいい。

2021.12.16

失敗は恥ではない
むしろ現実を身で知っただけは
有難い 得したと思うべし
ただし同じ過ちを三度すれば罪になる
まじめさがないということ
間尺に合わない人は ポイントがわからない
それだけ知恵もなく やる気のない 人任せな人
そう言われたくなければ 言われる前にまず動け
それが礼儀であり あたり前のこと
自分のことで相手に気を使わせてはいけない。

2021.12.10

舞台の上では 皆 俳優
どの役が欠けても その舞台は盛り上がらない
主役も脇役も すべて舞台にとっては大切な人。

物の見方をちょっと変えてみると
万華鏡のように変わって見える
だから生きることは いつも新鮮でマンネリはない
もし生きることに失望している者がいたら
本当の生きるよろこび 楽しみを知らない
気の満足だけを追う勝手な者というしかない。

2021.11.29

心に 神仏の英智を入れてはじめて
その人は 心をやすまる安定の世界に入る
それが華美(菩薩)の世界
つねに私心なく 調和を旨として日常を歩む
あとは やるべきことをやり 時にまかせ
今 負担をつくらないようにいくだけ
いつこの世を去ろうが いつも晴れの日のように
心清く 身を浄めてゆくだけのことだから。

2021.11.15

日々の中で 自分を知り
自身と共に成長してゆく。

命の尊さは ただ生きているだけの中にはない
大切なことは 生きている間に
どのくらい現実に対して真剣に取り組んだかということ
好き嫌いだけでは その尊さを見失い
自分の中に余分な汚れをつくり 本来の生き方を曲げてしまう
永遠の道を生きるとは
能率よく時を活かし 人・物・金と調和してゆくこと
即ち 合理である。

2021.11.8

やるべきことに 気迷わず
今正しきことを 正しく行い 清い心で日々を送る
そのことに神経を使ってゆけば おのずと道は開け
気 心 共に健やかな日々を受け入れることが出来る
体の変調も 正しきことに素直になれないとまどいの気を
天が示して下さっているもの
自分自身を どっしりすれば すべて治まる
所詮この世は 気との戦いであり
気との語らいにより 己を見てゆくもの。

2021.10.29

疲れた時は 寝ればいい
疲れた時は 気を抜けばいい
疲れた時こそ 素直に自分を見つめればいい
疲れも自分にとっては 自知につながるのだから
「無理するな ずるするな 精一杯の心があれば」
でゆけばいい
所詮 この世は
動き 働き 自分を成長させる所だから。

2021.10.15

人は 本来の自分に戻れと言われても
今の自分の心が 本来の自分なのかわからないもの
本心と称して 本来の自分のあり方とは違う
自我にこだわったことに力を入れているかもしれません
あくまで本心とは 正しきことに同意できる素直さなのですから
本当の自分のあり方を考え 今正しき行いをしている限り
人は 心おだやかに歩んでいけるでしょう
本心と正しきことがペアでいるかぎり
その人は心置きなく 前向きに進んでゆくでしょう。

2021.10.7

自分がゆったりした気分になると
神経や心の病は消える
すべては気の動きにより 神経の病を呼ぶもの
ベッドの中の人は
人に任せる素直な心と感謝の心を忘れなければ
病もまた 人との輪の学びである
人は 常に人との貸し借りがないようにしてゆく
まじめさと謙虚さが必要。

2021.9.27

心は天にそい 人間として真(合理)を知る
真は つねに永遠に変わりなく流れてゆく
これが人間の歩む一本の道なり。

人は 神仏の言われることを
受け入れる人になればいい
それが素直であり合理である。

人は皆 そうやって
一つひとつ自分の身で含味して
大きくなってゆく。

2021.9.14

人は苦から逃れようとして 自ら苦をつくる
この世に生まれたということは
それまでの自分を懺悔 整理し向上するためであり
過去に自分の蒔いた種を刈り取り
新しい自分と出会うためなのです
そのために この世に生を受けたのだから
苦があってあたりまえと思い
もう少し素直に もう少し勇気をもって
日々を過ごされたら如何でしょうか
神は 見ていられる だから 安心。

2021.9.6

人生 なにごとも感謝の心でゆけばよい
感謝の心には邪気はないから
たとえ小さなことでも
「あゝそうか ありがたい」と思える人になればよい
生きてゆくということは
多くの人や物事に お世話になってゆくのだから
家族にも 社会にも この世のすべてに。

2021.8.30

コツコツと 地道に たゆまず歩むのが人生
コツコツと やる気があるかないかで
人生は自分で決めてゆくもの
決して人のせいには出来ない
だから性根をもって ゆっくり自分を育ててゆけばいい
すべてこの世は 因果応報の神の中だから。

2021.8.20

人は 自分から不行をつくらなければ不幸はない
物事を正しく平等に見られないその人の気が
不行をつくり出しているだけ 冷静になれば納得する
この世は神に計られている
神とは 公平平等であり 偏らない調和そのもの
自然の摂理は厳しく
何事も 何人もその中で整理されてゆくもの
自然の中の動物を見ればその意味が分かるはず
人間だけが特別ではない
だが 人間は一人では生きていけない生きもの
だからこそ 守るべきルールがある。

2021.8.12

旅に出なさい
過去のない自分になれるから
旅に出なさい
心温かな人になれるから
旅に出なさい
誰とも親しくお話しできる人になれるから
旅は 知らずに良い顔をつくる。

2021.8.2

種を蒔かなければ
芽も出ず 花も咲かず 実もならない
それが現実
だから 今そして明日に向かって(天に向かって)
良い種を蒔いてゆく
それが自尊への道
ともあれ 今正しいことに心よせ 動けということ
ただし
自分の身巾に 無理するな 無駄するな
それが自分へのプレゼント。

2021.7.16

神を知る 即ち真理を知るということは
まず人間としてのルールを学ぶことである
真理は すべて現実の中にあり 公平であり 情はない
仏は その情なき愛(自然の摂理)を人間に合わせ
心と肉体の持つ感情が折り合ってゆく在り方を
智恵として伝えてくれている
私たち未熟なものにとっては大変有難い方々である
天理は 即ち 自然の中から
仏の知恵と自らの精進 努力により歩む中にある。

2021.7.9

老いるとは
人生の中で一番充実した時であり 美しい姿
いろんなことを経験し 学び
やわらかく 厳しく やさしい心を得た証として。

迷いがあるから悩みになる
悩みがあるから苦が生じる
どちらにしても 今 私心(思い 願い 我欲)をよこに置き
正しいことに気をよせてゆけば
悩みも苦も泡のように消える。

2021.7.1

「生きるよろこび」
鳥の鳴き声により目覚め 朝日を拝み
生きていることを感謝する
そして「今日一日 粗相なくゆかせて頂きます」と誓い
夜寝る時に
「今日一日無事に過ぎました ありがとうございました」
と感謝する
そのくり返しが一番仕合せな生き方
決して苦がないわけでもない 決して楽なわけでもない
どのくらい尊い時を大切に受けているか
どのくらい尊い時を大切に扱っているかだけのこと
人間としてこの世で生きてゆくには
それが当たり前の姿なのだから。

2021.6.21

常に 身一つの心が幸せ
今 生きていければいいという身軽さが幸せ
心が豊かであれば すべて活かすことが出来るから。

人は
良いものに感動し見習ってゆけばいい
すればいつの間にか自分の身につくもの
そうやって一つひとつ自分を作るといい。

己我無心で 時をいただき
己我無心で 物に接してゆけばいい
それが出来るまでこの世が必要。

2021.6.11

生きるとは
今自分のやるべきことをやってゆくこと
そのやるべきことに気がいくように自覚すること
それが勇気であり 続けることが努力である
それ以外に自分を守るすべはない。

日々を大切に動くところに
六根清浄となる
それが自尊の道
それ以外に道はない。

2021.6.7

神仏の教えを学ぶとは
自分の身と気を整えることである
自分の身と気が整えば
すべてを前向きに受け 自他の安全をはかり
邪 悪と戦う勇気を得ることにつながる
それが自分への礼であり
今世 生きた証をつくることになる
白神様の説かれる「日々新た」とは
つねに前向きに 自分づくりに勤しめということ。

2021.5.28

生きるとは
まず自分自身を守ってあげる思いやりが必要
病 死を恐れず 今を充実して生きてゆけば
余分な思いも悩みもなくゆけるもの。

人間 やることがあるから うれしいし楽しい
やることは すべて知恵になり 自分の身になる
ありがたい経験といえる だから失敗はない
人間は 失敗により本物にめぐり合うことができる
失敗は 真に近づく過程であるから…。

2021.5.21

悩みや苦しみがある時こそ
神仏の智恵を頂き 自身の気を横において
がむしゃら(我無捨ら)に働いてゆけばよい
所詮 気が安定していないだけだから…
神仏の教えを頂くとは 自分への律し方を学ぶこと
そして気を安定させ この世に生まれた意味に近づき
学び 動いてゆく自分を育てること
大切なことは 自分から動こうとする心 。

2021.5.14

どの仕事も 仕事があるということは有り難いこと
そのおかげで食を頂けるから 人間食べてゆければ結構
そして心豊かになれば すべてがたのしい
物事のけじめを知り 人と出会い 自分を知るから。

人は 懺悔 反省の行いのたびに
身 らくになり 心 明るくなる
懺悔は 相手への敬いにかわる。

2021.5.7

本当の美しさは
どこから見てもスキがなく
シャンとして凛としているもの
本当に美しいものは
人間も物もすべて真理にそっている

物事をすきなく出来るように心がけてはじめて
人に対しても 自分に対してもおだやかな心が芽生える
おだやかさは心が丸いときあるもの。

2021.4.28

人間は なにが良くて なにが悪いかわからないもの
それを知るために 常に意識して自分の行動を見てゆくこと
それを律するという
良い悪いの見分け方は 理(ことわり)なくしてない
理は 調和そのものであり 公平 平等そのものだから。

生きるということは 英智を学び勇気を持つこと
勇気をもって良きことやってはじめて
生きることへの礼と自分に対しての敬ができる。

2021.4.20

たとえ身体が不自由であっても 心はいつも自由です
心は 形にとらわれず
いつも自分の思うままに動けるのですから
なにも苦しむことも悩むことありません
今 自分が前向きに人と合わせるようにすれば……
それには 自分の中の自分を見て語り合うことです
必ず言葉が返ってきますから
それが本当のあなたということです
神さまは いつも見守って下さっていますから。

2021.4.8

生きるとは 六根清浄である
六根清浄とは 業(カルマ)との戦い
己に勝つとはそのことである。

五体満足に生きている人よりも
障害や病を持った人の方が
今生きていること また生かされていることへの
ありがたさを身で知っているもの
健康だからこそ 余分な慾が出る
人はどこまでいってもこれでいいという際限がない。

2021.3.26

花は 天と地のおかげにより咲いている
どの花も凛として色鮮やかに美しい
動物は 弱肉強食の世界で生きているが
余分なことはしないけじめをもっている
人だけが願いや慾という感情を持ち
けじめなく自己自我に固執して生きている
人が動物のようにけじめを持ち
花のように凛として生きてゆくには
自らを戒め 己を律してゆくしかない
人生にとってそれが課題でありやりがいでもある。

2021.3.15

人間として生まれ 人間として育ち
神仏の心を知り 精進の道を歩む
それが人間としてごく当たり前の姿
日常を 無駄なく 無理なく 精一杯の心で歩み
時を活かし 時と一体になり 時を消化し
自分でもなく 人でもなく
今必要とする役の中に自分を投じる
それが人間という肉体を持った者の本来の姿
それが「合理」ということ
その姿こそ人間としての美しさと思う
若さには若さの美しさがあり 老いては老いの美しさがある
人間は今汚れをつくらなければ みな美しいのである。

2021.3.5

今を生きて 動けることが仕合せ
動きにより 自分と共にこの世の時を味わい
そのよろこびを肌で感じてゆきましょう
時代の波に乗りながら
すべてに楽しく うれしく 良かったと
感謝してゆける自分になりましょう
この世は 本来楽しむところだから
勇気は すべての難を自ら砕き 浄め 整える
そのことを自覚し 一つひとつ身で味わってゆきましょう。

2021.2.26

人は皆 平等公平の中に生きている
ただし個々の特徴は
それまでの因縁によって育まれたもの
その因縁をしっかり知って
自尊自立(自律)の心で
尊い日々を活かし 感じて 味わい
自らの中に入れてゆきなさい
自らを知り 自らを敬い尊ぶところに
汚れ 苦は浄められてゆくものだから。

2021.2.15

一方的ではなく 自他共の安全を図るには
真にそった英智しかない
その英智をもとに日々実践してゆくことが
自身の安泰の生き方 大往生の生き方と思う
人に甘えず 人に感謝してゆこう
常に話し合い
「ごめんなさい」「ありがとう」
「すみません」「お願いします」
この言葉を心から言える 明るい素直な人でゆこう。

2021.2.3

自尊とは
自己を知り 自己の汚れ 醜さを取り払い
自らを愛おしく思えること
あたり前のことに素直にそって
自分を慈しみ育てる覚悟を持つこと
自分を悪い人にせぬよう 今という時と役に徹し
自分のことを自分で守ってあげること
その心を一人一人が持てば
神仏との縁を求めなくとも 神仏が下さり
この世は 助け合いの和やかな世界に変われる。

2021.1.22

神は 自然の理そのもの
人間の考える善い悪いではなく
理に照らしその人をつねに見ている
仏は 人間の心に光を与えてくれている
人間が神の示す理にそっていけるようにと
仏は 神の心をいただきこの世を卒業された方
仏の心には 慈悲 慈愛があふれている
その人がよくなるようにと
その人に合うように語ってくれている
人は素直にその言葉をいただき
まず自分を整えることだ
神は たとえ小さなことでも 小さく捉えず
その中から その人の誠意とまごころを見ていられる。

2021.1.15

人は 今ということに責任を持ってゆけばよい
今という時の中に
過去のひずみ 歪みを調整するチャンスがあるのだから
あとは この世で物事を通じ 楽しみ
人の心を見て学んでゆけばよい
それには まず肉体が持つ感情「気」を整理することです
人は 自己へのこだわり 屈辱 悲しみがそのつど尾を引いて
無条件に今にそってゆけないようですから
皆が今という役に責任を持ってゆけば
この世は素晴らしい調和ができるはず
決して人のせいにしないから
その時の失敗は 人はお互いに許し 助け合ってくれる
失敗した人には知恵を 助けた人には徳を
お互いがよいように 神は計ってくれているから…。

2021.1.4

生きるとは
心の泉(神仏の英智)を求めていくこと
心の泉は 常に新鮮で 清く
人との交わりの中から 自分を成長させてくれる
それが心の泉である
永遠に枯れることを知らない泉である。

人生を素朴に生きられたら最高
素朴とは
自己自我にとらわれず つくらず
自然を生かしてゆく 心の豊かさ。

2020.12.14

この大切な一時を
誰の為でもない
自分の為に精一杯生きよう。

この世の善悪は
すべて自分の素直な心でわかる。

「分相応」は自分自身の中にあり
誰のものでもない
「分相応」は自尊に通ずる

2020.12.8

常に真実に出会ってゆこうと思う
時の中には
真実に出会える問題集がいっぱい詰まっているから
時の中で 人と交わり 自分を知り 自分を育て
時の中で 自分の役を確認し 自分を活かしてゆこう
自分らしく 天と時と自分の役の中で…
それ以外は 余分な苦労と無理なこと
人は皆 公平に生きてゆく仲間なのだから。

2020.11.30

生きるとは 今感じ動くことである それが「即今」
「即今」とは
今の自分の役に忠実に 物事の必要性に合わせ行動すること
なりゆきに動くだけでは「即今」とはいえない
「即今」は天にも地にも自分にも通じるもの
人は「即今」「即今」と今のみに心をよせ 身に入れてゆけばよい
それが性根を育て たましいに新しい感覚の智恵を入れてゆく
ともあれ 「真」により身を整えよ。

2020.11.13

人は 問題がある度に大きく新しく自分を切りかえてゆける
但し その問題に対して
恩情(感謝) 温情(いたわり) 愛情(厳しさ)で解決してゆけば…
その問題の本質と関係なく 人情 強情 同情だけで見て動く時は
かえって本筋から遠のき 空回りしてゆくことになる
こういう時こそおびえず 今迄の自分を振り返り
自分自身の本心を見て 過去にとらわれず 先のことを心配せず
素直に今のみに心よせる勇気を持ち努力することです
すれば身軽で気軽な 自分づくりに挑戦してゆく人になり
今はもちろん 永遠の道を歩んでゆくことになる
生きても死んでも関係ない本体の自分と仲良く
人とも心より話し合える人になれるでしょう。

2020.11.4

生きるって こんなに楽しいもの!
すべてが新しい出会いであり
すべてが冒険であり
のんびりしているのがもったいない
のんびりは 寝ている時だけで十分幸せ
生きている限り 新しい智恵にめぐり合う
それが 前世の人 今世の自分への感謝であり礼である。

2020.10.28

たましいは消えない
肉体は たましいの浄化また向上のため
その時々に必要として頂いているだけ
そのことをしっかり自覚して
身軽く 気軽く 本来のたましいの役に素直に帰り
神仏 賢者の智恵を頂き
その無駄ない無理ない生き方を学び
今生きることに張り合いを持ってゆけばよい
〝生きる〟とはそういうこと
自分の気をおびえから切り離してあげること
それを素直という。

2020.10.15

人間は 永遠に続く一本の道を歩んでいる
その道の先は 神の調和すなわち極美の世界
なのに人間は 肉体を持つと自己自我が芽生え
本来単純なことさえ複雑に捉え 空回りして
素直な生き方が出来ない
感情とはなかなか厄介なもの
白神さまが示された「合理」は
人間の持つおびえが慾を呼ぶ特徴を消化するための言葉
神の真に向かって
早く本来の人間になりなさいと励まして下さっている
あとは 我々人間が日常生活の中でお互いに助け合い
争いなき平和でおだやかな世界を築けるよう
人間としての誇りを持つべきである。

2020.10.12

身惜しみ 気惜しみは 人間として一番損な生き方
身惜しみ 気惜しみは この世に生まれた意味を知らない人
また知っていても それに対して自分を守ってあげられない
誠意なき 心を知らない者の生き方
せっかく神仏の智恵をいただきながら
身惜しみ 気惜しみの慾にのまれている者には
不幸が来てもあたりまえ
それが神の愛であり 仏の慈悲の祈りというもの
人間がみな正しき生き方に心よせれば
神仏は わざわざ我々に通信なさらないと思う。

2020.10.1

人は 真面目にコツコツとやっていけば
物事は 必ずいいように流れていく
流れは 真面目さと誠意により生まれる
それ以外にない。

物事を行うにあたって
一人より二人の方がよい
二人より三人の方がよい
そしてお互いのよさを出し
よき調和の道を学ぶとなおよい。

2020.9.17

人間は
自分を律するところに 自分を安定させることができる
そして自分の為に生きる道を見つけ 心安らかになる
そこには天から与えられた 時があり
死ねば時などない世界
時があるから 生きていると実感してゆける
時の中には 心の財がいっぱいかくれている
まるで宝石さがしのように
私は時を大切に扱い 時の中の自分の役に律してゆくだろう
もう大丈夫 すべて時のみに私を織り込んでゆくから
私という宝石を―――。

2020.9.11

まごころは
すべてを和ます
まごころは
今正しいことをやっていればいいのである
人の顔色を見るのでなく
今なにが大切で必要かを考え
我心なく 体当たりしてゆく
それがまごころ
まごころは すべてを明るく公平に見る
決して偏った情ではない。

2020.9.4

神仏は 過去を戒めないかわりに今を見る
そのところを心して
今 今 今と 今を活かすことに心を向けてゆく
それを仕合せという
仕合せを行っている時は
とまどったり 迷ったり 苦しんだりするものだ
ただし悩みはない それは前向きだからだ
悩みは自己主張の時 起きるものだから
仕合せが身につき 不安もおびえもなくなり
あたり前に動作が出来た時 はじめて天から幸せを頂く
これが天則である。

2020.8.28

物を活かすことが感謝である
物をいたわることが感謝である
人と円滑にゆくよう気を配ることが感謝である
それが自分の身の掃除であり整頓である
その心が今自分の中に芽生えた時
人は人間として成長してゆく
人・物・金に対して活かす心 敬う心があり
自分の生き方に責任をもって人をあてにせず
自分の特徴 取り柄を自然に生活の中に出して
人との和を重んじ 自ら先に立って人生を楽しんでゆく
それが本来の人間の生き方。

2020.8.20

信行とは(修業)
なんでもよくとれる自分をつくること
心行とは(修業)
なんでも心から行動できる
素直な計算のないそして貸し借りのない人になること
真行とは(精進)
今正しきことを心から行う人になること

2020.8.07

常に正しき生き方を心に置き そしてその正しきことを
自分の身で一つひとつ感じてゆく勇気があれば
たとえ失敗したとしても それは失敗ではなく
むしろ現実を肌で感じ知ったという得難い経験であり
たましいの中に智恵として永遠に記憶されてゆくのです
生きるということは
力を入れすぎず 力を抜きすぎず 今という時を大切にいただき
物事を正しく見て 正しく聞いて 正しく捉えてゆく
その積み重ねの中で
美しいものと出会い 心はずましてゆくものです
美しい出会いには 物金に恵まれなくても
今ある中で楽しむことができるのです
物を生かす温かさと感謝があれば
それがやさしさに変わってくるのです
やさしさは 人・物・金を生かし使いこなす
「礼と敬」から始まるのですから…。

2020.7.30

物事は その時々に合わせ
コツコツと慎重にあたってゆけばそつはない
それが時に合わせ 時を活かすことにつながる
その時に合ったことだけに神経を使ってゆけば
必ず 時を活かし 流れをつくるもの
たとえすぐに答えが出なくても
いずれ芽が出る種を育んでいるのだから。

良いものは良いと言える人になるといい
それが素直であり
現実にそっている自分ということだから。

2020.7.17

人間は日々の中で
自分の適性を知り 物事の適格性をみつけ
充実した生活を営む
それが仕合せという。

人は 頑張ってばかりでは自分が疲れる
それよりも 人に素直にお願いできる人になれば
身軽になれる
ただし相手を利用しようとする心はいけない
お願いは いつか返そうと思う 礼と敬の心。

2020.7.9

教えは
自ら日々の生活を楽しく行おうとする人の中にある
教えは
天にそって人との輪を求めてゆく温かさ やさしさのある人に
勇気と智恵を与えてくれるもの
「ありがとう」「すみません」「ごめんなさい」「おねがいします」
この四つの言葉を心から言えた時
もうその人は神仏の世界の心の人である
あとは天にまかせ 悪い種を蒔かないように自重し たしかめて
日常を楽しく 自分の取り柄を出し 人と仲良く助け合い
円滑な生活を営む努力をする
その姿に神仏は微笑み 見つめてくれるだろう
神仏の縁は まごころとやる気しかないから――。

2020.7.3

生きることにワクワクしてきた
自己自我を横に置き 自分を空にして
物事を素直に見 行ってゆくと
すべてが新鮮に感じられ ありがたい
時をいかすとは 時を知り 時を消化してゆくこと
これは決しておごるでなく
今と自分との織物の一部を知り
智恵を頂いたことへの感謝のこころ
そしてそれが観音様の言われた
「自分は時によって育てられている」ということだろう。

2020.6.26

日々の経験を通じて学んだことを
着実に自分の知恵にしてゆく
その積み重ねが生きるということ
その知恵により 人は物金を生かすことができる
ただし物金はこの世だけのもの
あの世では必要ない
あの世では この世での物金に対する思いが残るだけ
だから良い思いの為に 物金を生かすことを学ぶことです。

2020.6.19

たましいは 新しい経験と出会いを求めている
それは 美しい人になる為に生まれているという心でいるから
たましいは すべては前向きなはずなのに
肉体をいただき自己自我を持ち始めると
つい自分勝手になり 醜い汚れた己を出してくる
本当に悲しいものだ
常に意識を自分に向け
自分に対してのやさしさ 思いやりを持つことである
人と競うのではなく 自分の中の己と戦い
常に素直な 正しい見方 捉え方を
自分の中に求めてゆくといいと思う
それを謙虚 実直 まじめという。

2020.6.4

美しい顔は
美しい心から備わるもの
綺麗と美しいは違う
心丸く 素直で 清純な時に
人は 美しい顔になり
時を尊び 時を敬い行う時
人は 美しい心になる。

2020.5.27

人は 現実に対して自分の好き嫌いを横に置けたら
それは空のはじまり
人間は現実に対して素直に消化してゆくところに
無の感覚に近づいてゆく
空の時は 意識があり
無の時は 自然にそって無意識なり。

人は理屈を言わず 六根清浄の心でゆくがよい
それが 己我無(拝む)心に近づく 又近づきやすい
六根清浄とは 現実の今(時)に 与えられた役に
全身を体当たりしてゆく心。

2020.5.14

たましいに品格のある人は
つねに真実への追求の心 姿が見られる
自然と一体になることをよろこびとし
物の価値をいかし 自然に対して感謝の心をもつ
だからつねに心が新鮮で 物金への執着はなく
無への挑戦をしてゆく
そのような心を持った人はめったにいない
色気や見栄もなく 人を意識せず 自己主張もしない
その人の心は天にそって どこか空気のような人
それだけ純粋で無邪気な人といえる
肉体は老いても 心はつねに青春のような人
いつまでも心若く明るく
死ぬまで自然(真理)を追究してゆく無心の人
心は天使のような人。

2020.5.8

心(たましい)が凛としていると
気はシャンとしているもの
凛とは 厳しさの中にやさしさがあり
正しく行動できる品性が備わっていること
シャンとは 姿勢を正し 物事を正しくおさめる姿
いくら頭でわかっていても
気が正しく動けないと凛とした心にはなれない。

2020.4.27

常に物事を気(感情)でなく
心で聞けるように
心で見られるように
心で捉えられるようになると
すべての煩悩から解除される
気は ただ余分な苦浪(苦労) を生むだけのもの
人はそのところを感じないと いくら口で言っても
自分の心(たましい)に届かないものと知るとよい。

2020.4.17

あたり前に不足を言わず物事が出来た時
人は 人間としての資格を持つ
ああだ こうだと自分にとらわれている間は
まだ人間になってはいない
淡々と物事を捉え 今を活かすのみに気をむけてゆく
またそれを生きがいとして日々を送る
それが 自尊そのものの生き方と言える
人は 自分の汚れ欠点を一皮一皮浄化し人間になってゆく
そして人間になってから本当の尊い生き方が始まる。

2020.4.7

病は
自分を整える為の神様からの啓示であり警告である
病により自分を見直し整える
整えるとは それぞれの人が生まれた意味にもどること
本来の自分の気質を見直し
今の有り方を通じて 正常な自分にしてゆくこと
正常とは 理にかなった生き方をいう
それを自知という。

手当は
今の自分を素直に振り返り
反省と誓いの繰り返しで 正常な自分に整えてゆく
また 体に合った手当てをして補ってあげる思いやりも必要
ともあれ 自分の体は 自分でやさしく見てあげること
やるべきことをやり あとは神様の真に身を合わせる
その素直さがあるか 即ち 自尊の姿になるかどうかである。

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