『マイ・フレンド2011 NO.48』
蓮華先生のひとりごと より
こころは教えて教えられない 自ら感じ知ってゆくものだから
いつも神は公平に光を与えて下さっているということ
問題があるということは生きている証拠
問題により自分を知る 問題により神仏の愛を知る
ともあれ問題を問題と捉えられる人になることが先決
教えの言葉 より
人間は期待しすぎているから苦しみがある。
こうやればいいじゃないかという、その思いが強いほど苦しみが多いのではないかなと思います。
その人間のいう苦しみというのは、自分の思っているようにいかないのを苦しみと思っているんじゃないでしょうか。
けれど本当は違うんですね…
『マイ・フレンド2011 NO.47』
蓮華のひとりごと より
生きるとは動くことだった
動くところに いろいろと新しい感覚 新しい感触を身で感じ 喜びをつくってゆく
動かないかぎり 何も問題の解決にはならない
気が動き 身がそれにそってゆく
主役は気次第ということだった
教えの言葉 「神とは自然、時(後半)」より
「心」ってどういう心でしょうかといわれたら、天則に沿った時。
心が豊かになって、願いも思いもなく、今祈る心です。
そして、この「情(こころ)」。感情というものがありますね。
怒れたりいろいろ。その情をおさめるためにあるんです。これは慈しみを学ぶんです。
これ仏の学びなんです。「心」は神の学び。
『マイ・フレンド2011 NO.46』
蓮華のひとりごと より
時は神と共に流れてゆく
その中で人間はどのくらい自立(自律)してゆけるだろうか
森羅万象の中で動物も植物も生きている
人は人間としてどのくらい情(こころ)を現わしてゆけるだろう
教えの言葉「神とは自然、時(前半)」より
本当に神様というのは自然なんですよ。自然。人間が作ったものじゃないんです。
自然というのはどういうことかというと、時なんですよ。
何日に死にたいといっても死なないでしょ。お任せじゃないですか。天気と一緒じゃないですか…
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